チャールズM.シュルツとPEANUTS 50年の歴史

 1950s  

1950年
 ・スヌーピー、「ピーナッツ」に登場。

1952年
 ・スヌーピーが自分の考えを述べるための吹き出しを与えられる。

 ・スヌーピー、初めてダンスをする。

1953年
 ・スヌーピー、犬小屋を与えられる。

1955年
 ・チャールズM.シュルツ、アメリカ漫画家協会から1回目のリューベン賞を贈られる。

1956年
 ・スヌーピー、アイススケートを始める。

1957年
 ・スヌーピー、チャーリー・ブラウンの野球チームに加わる。

 ・スヌーピー、初めてライナスの毛布を盗む。

1958年
 ・スヌーピー、初めて2本脚で立つ。

 ・スヌーピー、
猛禽(わし、たかなど肉食の勇猛な鳥)のふりをする。

 ・チャリー・ブラウン、スヌーピーを「クレイジー・ドック」と呼ぶ。

1959年
 ・スヌーピー、自分の小屋の屋根に上がり、そこからの眺めが気に入る



  1960s  

1960年

 ・ルーシーが「ハッピネス・イズ・ア・ウォーム・パピー」という標語を考えつく。

 ・スヌーピー、「マッド・パンター」になる。
 

1962年

 ・
アメリカ漫画家協会が「ピーナッツ」を年間最優秀漫画に選定。
 

1964年

 ・
チャールズM.シュルツ、2度目のリューベン賞受賞。
 

1965年

 ・
初めてのテレビ・アニメ「A Charlie Brown Christmas」がCBSのスペシャル番組として放映され、エミー、ピーボディの両賞を受賞。

 ・「ピーナッツ」のキャラクターが「タイム」誌の表紙に載る。

 ・スヌーピー、処女小説を書き始める。「暗い嵐の夜だった・・・」
 

1966年

 ・
チャールズM.シュルツ、カリフォルニア州セント・メアリーズ・カレッジから、
  名誉人文学博士の称号を贈られる。

 ・「撃墜王」の扮装のスヌーピーが、フランスのカフェに飾られる。
 

1967年

 ・
チャールズM.シュルツ、ニューヨークの美術監督クラブから功労賞を贈られる。

 ・ミュージカル「You^re Good Man, Charlie Brown」がオフブロードウェイで上映される。

 ・スヌーピーとチャーリー・ブラウン、「ライフ」誌の表紙に。

 ・カリフォルニア州知事ロナルド・レーガンが5月24日をチャールズ・シュルツ・デーに制定。
 

1968年

 ・NASAがスヌーピーを有人飛行計画のマスコットとする。

 ・スヌーピー、世界的に有名なプロゴルファーとしてデビュー。

 ・イースター・ビーグル登場。
 

1969年

 ・スヌーピーとチャーリー・ブラウン、アポロ10号に同乗して宇宙飛行を体験。

 ・スヌーピー、「初めて月面に到着したビーグル犬」として登場。

 ・スヌーピーとルーシー、「サタデー・レヴュー」誌の表紙に。
 


 1970s  

1970年

 ・スヌーピー、「アイス・フォリーズ」に参加。

 ・スヌーピー、小鳥を秘書に採用。

 ・スヌーピー、世界的に有名なテニス・プレーヤーとしてデビュー。

 ・ウッドストックに名前がつけられる。
 

1971年

 ・ジョー・クール、登場。

 ・スヌーピー、チャーリー・ブラウン、ルーシー、ライナス、ウッドストックが「ニューズウィーク」誌の表紙に。
 

1972年

 ・劇場映画「Snoop,Come Home」がリー・メンデルスンとビル・メレンデスによって制作される。

 ・デレビ版スペャル「Snoopy's International Ice Follies」放映。

 ・スヌーピー、世界的に有名な弁護士として法曹界(法律の事務にたずさわる)に進出。
 

1973年

 ・合衆国政府、省エネ推進のシンボルとしてスヌーピーを採用。

 ・
チャールズM.シュルツ、カリフォルニア州サンフランシスコで「ビッグ・ブラザー・オブ・ザ・イヤー賞」受賞。

 ・スヌーピー、釣りを始める。

 ・
CBSアニメスペシャル「A CHARLIE BROWN THANKSGIVING」が、エミー賞受賞。
 

1974年

 ・チャールズM.シュルツ、ローズ・パレードで総指揮者を勤める。

 ・スヌーピー、ビーグル・スカウトとしてデビュー。
 

1975年

 ・初めてスパイクがスヌーピーを訪問。

 ・
CBSアニメスペシャル「YOU'RE A GOOD SPORT CHARLIE BROWN」が、エミー賞受賞。
 

1976年

 ・
「ピーナッツ」25周年記念番組「Happy Anniversary,Charlie Brown」がCBSで放映され、エミー賞を受賞。

 ・スヌーピー、長く行方不明だったベルと再会。
 

1977年

 ・スヌーピー、テニスの強敵モリー・ヴォレーと出会う。

 ・スヌーピー、ジョギングを始める。
 

1978年

 ・カナダ、モントリオールの「インターナショナル・パヴィリオン・オブ・ユー
  モア」がシュルツを「今年の漫画家」に選出、シュルツ、漫画家の殿堂入り。

 ・スヌーピー、ディスコ・ファッションでおおいに楽しむ。
 

 1980s  

1980年

 ・ビリー・ジーン・キングをリーダーとする「女性スポーツ財団」がシュルツを理事に任命。

 ・
CBSアニメスペシャル「LIFE IS A CIRCUS CHARLIE BROWN」が、5回目のエミー賞受賞。
 

1981年

 ・
ホッケー界への顕著な貢献により、「ピーナッツ」が「レスター・パトリック賞」を受賞。
 

1982年

 ・スヌーピー、世界的に有名な外科医としてデビュー。

 ・スヌーピー、兄弟のマーブルスと再会。

 ・「SNOOPY in Fashion」出版。
 

1983年

 ・カリフォルニア州ビエナパークの<ナッツベリーファーム>に「キャンプ・スヌーピー」オープン。

 ・
CBSアニメスペシャル「WHAT HAVE WE LEARNED,CHARLIE BROWN?」が、ピーボディ賞受賞。
 

1984年

 ・「ピーナッツ」を掲載する新聞が2000紙目に達したことをギネスブックが掲載。
 

1985年

 ・オレンジ・ボウルのハーフタイムショウのテーマに「ピーナッツ」が取り上げられ、「It' About Time, Charlie Brown」と題したショウが上映される。

 ・オークランド美術館で「ピーナッツ」展が開幕、題して「チヤールズM.シュルツの芸術」。
 

1986年

 ・
土曜日の朝のテレビ・シリーズ「チャーリー・ブラウンとスヌーピー・ショウ」が、「ユース・イン・フィルム」賞の最優秀アニメ賞を受賞。

 ・CBSアニメスペシャル「THE CHARLIE BROWN&SNOOPY SHOW」で6度目のエミー賞受賞。
 

1987年

 ・
ニューヨーク州ライの漫画家の殿堂入りをはたしたシュルツに、アメリカ漫画家協会は権威ある「ゴールデン・ブリック」賞を授与。
 

1988年

 ・テレビ初のアニメのミニ・シリーズ「This is America Charlie Brown」が、ゴールデンタイムでの8回の放映で、視聴率1位を獲得。
 

1989年

 ・JVCジャズ・フェスティバルとベルリン・ジャズ・フェスティバルで、「Coolin It With Snoopy」と題するステージで、スヌーピーはジャズ・トランペッター、ウィントン・マルサリスと共演。

 ・チャールズM.シュルツの最初の、そして随一の本人公認の伝記「グッド・グリーフ」が、著名なジャーナリスト、リタ・グリムズリー・ジョンソンによって書かれる。

 ・スヌーピーの兄弟オラフが初めて登場、「みにくい犬コンテスト」で優勝。
 

 
  1990s  

1990年

 ・ニューオリンズで行われた第24回スーパーボウルで、「ピーナッツ」40周年を祝うハーフタイムショウ。

 ・
パリのルーブル美術館において「スヌーピー・イン・ファッション」展が開かれ、チャールズM.シュルツはフランス文化相から芸術文化勲章を授与される。
 

1991年

 ・「ピーナッツ」のキャラクターたちが国立公園財団の設立75周年を祝い、アメリカの若者たちが国立公園の楽しみかたを伝えるプロモーションに協力する。
 

1992年

 ・モントリオール美術館で「スヌーピー傑作選」、「ピーナッツ」のこれまでを
  回願する。

 ・アメリカ最大のショッピングセンター<ザ・モール・オブ・アメリカ>がミネソタ 州ブルーミントンにオープン、国内最大ノテーマパークである<ナッツベリーファーム>の「キャンプ・スヌーピー」を再現してみせる。

 ・ローマで「イル・モンド・デ・スヌーピー(スヌーピーの世界)」展開催。

 ・
チャールズM.シュルツはイタリア文化相から功労賞を授与される。
 

1995年

 ・「ピーナッツ」45周年

 ・ユナイテッド・メディア、ウェブ・サイト http://www.unitedmedia.com
  (またの名を<ドッグ・ハウス>) を立ち上げ、ピーナッツを電脳空間に送り込む。

 ・「Around the Moon and Home Again : A Tribute to the Art--- チャールズM.シュルツの芸術を讃える」という展覧会がテキサス州ヒューストンのスペースセンターで開かれる。
 

1996年

 ・ハーパー・コリンズ・パブリッシング社、おとなと子供の両方が楽しめる本でチャールズM.シュルツの絵と言葉を紹介する、前例のない国際的な「ピーナッツ」出版ブログラムをスタートさせる。
 

1999年
 
 ・12月シュルツ氏、癌の治療に専念するため引退を発表。
 



  2000s  

2000年
1月


「ピーナッツ」の作者チャールズ・シュルツ氏が引退を表明

さようならスヌーピー

シュルツ氏の引退の理由を下記のように記しています。

「私は、これまで常に漫画家であり続けたいと思ってきました。そしておよそ
 50年に渡ってもっとも自分が愛していることに従事できたことを本当に感謝しています。
そして皆さまがスヌーピーやチャーリー・ブラウン、ルーシー、ライナスほかすべてのピーナッツキャラクターたちを受け入れてくださったことが常に私の原動力となっておりました。」

「重要なことを皆さまにお伝えしなければなりません。
私は、デイリー版では2000年1月3日配信の作品を、そして日曜版では2000年2月13日の作品を最後にコミックを描くことから引退することを決意しました。大腸癌を克服するためにその治療に専念するためです。先ごろ受けた手術の経過は良好ですが、今後は、毎日の締め切りを心配することなく自分自身の健康と家族のことを第一にしていきたいと思っております。」

以上のようなシュルツ氏本人の希望に沿って、シュルツ氏が描くコミック「ピーナッツ」は、デイリー版は2000年1月3日月曜日配信のもの、日曜版は2000年2月13日のものが最後の作品となりました。

最終回にはスヌーピーの漫画にシュルツ氏のお別れのメッセージが添えられており、またタイプライターを前に物思いにふけるスヌーピーが描かれています。「約50年にわたり漫画を描き続け、子供のころの夢を実現できて幸せでした」というシユルツ氏のメッセージは「チャーリー・ブラウン、スヌーピー、ルーシー・・・いつまでも忘れない」と締めくくられている。

ユナイテッド・メディアでは、デイリー版では2000年1月4日火曜日以降、日曜版では、2月20日以降、1974年に描かれた作品を再版し、「ピーナッツ」の配信を続けて現在至っています。

ピーナッツは1950年10月から新聞に連載され、現在は75カ国の約2600紙に掲載されています。
 

2000年
2月


         チャールズ M. シュルツ氏逝去

2月13日(現地時間)ニューヨークのユナイテッド・メディア本社は、全世界的に配信を行っている人気新聞連載漫画「ピーナッツ」の作者チャールズ M. シュルツ氏(享年77歳)が2月12日21時30分頃(アメリカ西部時間)、大腸癌のためにカリフォルニア州サンタローザの自宅で逝去されたことを公式に発表しました。

シュルツ氏は、1999年11月に血栓の緊急手術を受けた際の精密検査で大腸癌が発見され、その治療に専念し、家族とすごす時間を大切するために12月に引退表明を行った矢先でした。
オリジナル最後のコミックは、デイリー版では、1月3日付け、サンデー版では、2月13日付けでシュルツ氏のメッセージが入ったコミックが発表されました。奇しくもシュルツ氏の逝去は、この最後の日曜版の発表前夜となりました。

ライセンスプログラムについては、今後もシュルツ家とユナイテッド・メディアがパートナーを組んで展開をつづけています。ライセンスプログラム用のアートは、シュルツ氏が生前に指定したデザイナーたちによって開発されています。
 




デイリー版、2000年1月3日最終回。



日曜版、2000年2月13日付け最終回。